昭和のラジコンブームは凄かった!当時人気のあったRCカーを振り返る

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昭和のラジコンのアイキャッチ画像

昭和時代の80年代に小学生だった世代には懐かしのラジコン。

当時はタミヤのRCカーグランプリなど、テレビで放映していたりでラジコンブーム。


一生懸命にお年玉を貯めて買いませんでしたか?


この記事では、そんな昭和のラジコンブームを思い出し

当時人気のあったRCカー

を振り返りたいと思います。

目次

昭和のラジコンブームを思い出した、とある日

昭和のラジコンブームのイメージ画像
昭和のラジコンブームのイメージ画像-2
昭和のラジコンブームのイメージ画像-3
昭和のラジコンブームのイメージ画像-4

1980年代が小学生時代だった人は、ラジコンブームを経験してきた人も多いのではないでしょうか。

ラジコンブームで人気だったRCカーは、一式揃えるのに小学生には高嶺の花でしたよね。

一式揃えるまでが大変。

・車本体
・プロポ
・バッテリー

と、それぞれ買い揃えなくてはならなかった。

僕は正月まで我慢して、お年玉を全部使って一気に買い揃えた記憶があります。

友達の中には、1つ1つ揃えていく子もいました。

中には、まず最初にプロポから買う友達も…

いろんな子がいましたよね。

昭和の80年代にはラジコンが大ブーム

昭和のラジコンのイメージ画像

昭和のラジコンブームでは、小学生だった僕たちの周りはこんな感じで流行っていました。

コミックボンボンで流行っていた

小学生だった当時、まだジャンプとかを見る前の年頃。

漫画では月刊誌の「コロコロコミック」と「コミックボンボン」を読んでいました。

当時の記憶としては

当時流行っていたマンガ
  • コロコロコミック:ドラえもんなどの漫画中心
  • コミックボンボン:最初のカラーページにホビー系が載ったオモチャ系の漫画

っていう印象でした。

確かその影響で、ラジコンにすごい興味を持ったような気がします。

RCカーグランプリがテレビで放送されていた

RCカーグランプリがテレビで放送されていましたよね。

RCカーグランプリとは、参加者が自らのRCカーを改造したりしてレースで競い合う番組。

オンロードからオフロードまでいろんなタイプのレースを放送し、確かその時の司会者がアニメ「タッチ」の南ちゃん役の声優、日高のりこさんだったと思います。

僕は宮城県の田舎育ちだったので、関東ではいつ放送されていたか分かりませんが、地元では日曜の朝に放送されていました。

テレビにかじりついていたのを覚えています。

レースで優勝すると、その時に流行っていたラジコンをもらえるんですよね。

あー懐かしい。

お年玉を貯めて人気のラジコンを購入

小学生にとってラジコンは高嶺の花。

高かったんですよね。

何千円で買えるものではなかったので、小遣いを貯めただけではすぐに買えません。

それもラジコンの車本体以外にも、プロポとバッテリーも別で買わないと走らせることができなかったんです。

あとはニッパーだったりピンセットだったり塗装するプラモ用の塗装セットだったり。

だからお年玉を貯めて念願のラジコンを手に入れました。

車種は「マイティフロッグ」

当時は色々流行っていたのですが、その中でもマイティフロッグに決めました。

確か当時はオフロードのバギータイプが人気があったのですが、その中でも1番スペックが良かったような気がします。


「速い!」


っていうイメージとボディーがポリカーボネート製で透明。

この透明のボディーの裏から塗装をするという、そんなところにも心が惹かれていたんです。

小学生の感覚はそんなもんですよね。

プロポはどっちにするか迷った

プロポは大きく分けて2タイプありました。

当時は呼び方が分かりませんでしたが、スティックタイプかホイーラータイプ。

スティックタイプはよく見るこういうタイプ。

一方ホイーラータイプはこういうもの。

今でこそどちらも色々なボタンが付いていますが、当時のものはもっとシンプル。

それでももちろんホイーラータイプがカッコよく見え、RCカーグランプリに出ている参加者もほとんどの人がホイーラータイプを使っていたので絶対にこっち。

でも高かったんです。

スティックタイプよりも、当時は確か5,000円ぐらい高かった。

小学生の僕にはこの差がとても大きく、結局泣く泣くスティックタイプのプロポを購入。

まっそれでも大満足だったんですが、ちょいと苦い思い出です。

組み立て・塗装が楽しい

RCカーは、何よりも組み立て・塗装が楽しかった。

説明書を読みながらパーツを組み合わせていくあの感覚。

その前はガンプラが流行っていてたくさん作りましたが、ラジコンはそれに電気機器が入ってくる。

プラスチックにモーターとかバッテリーとか電気機器を組み合わせる初めての体験。

すごくワクワクしたんです。

自分の作るのもが動くなんて。

だから絶対に失敗できない。

失敗したら貯め込んだお年玉が全てパァー。

一つ一つ確認しながら、かなり真剣にとても慎重にワクワクを抑えながら作りました。


そしてボディーの塗装も楽しかった。

自分の好きな色で好きなように塗れる。

僕は白ベースに青のラインを入れました。

最後に付属のニコちゃんマークのシールも貼りました。


いい思い出です。

砂利道やジャンプなどをして楽しむ

頑張って完成。

実家には、ちょうどよく砂利と砂が混じった庭がありました。

それも端の方には、なぜか当時庭整備をするために用意した土のちょっとした山があったんです。

これはマイティフロッグを走らせるには最高のコース。


早速試走。


今見るとどうか分かりませんが、結構スピードが出るんですよね。

スピードを全開まで上げられなかったような気がします。

多分かなり広い場所でやれば全開まで出せるんでしょうけど、そこまで庭が広くなかった。


でも凹凸した道や小山を勢いをつけてジャンプさせたことには、興奮し過ぎて鼻血ブー。

自らが作ったものが走るっていうところにも、かなり愛着が湧いたんだと思います。

昭和のラジコンブームで人気のあったRCカーは?

昭和のラジコンのイメージ画像-2

あくまでも僕の記憶や周りの友達間の話ですが、当時流行っていた昭和のラジコンはこんなものが人気がありました。

マイティフロッグ

僕も購入したマイティフロッグ。

1983年12月に田宮模型(現・タミヤ)が販売した1/10スケールの電動RCバギーです。

発売当時のキット価格は14,800円でした。

グラスホッパー

1984年5月に発売され、キット価格は税抜7,400円でした。

田宮模型の電動RCカーのなかで最も安価で発売されたモデルです。

ホーネット

1984年10月に田宮模型(現・タミヤ)から発売された電動RCカーです。

グラスホッパーの上級モデルとして登場し、2WDオフロードカーのブームを生み出しました。

キット価格は税抜9,800円でした。

F1のラジコンもかっこよかった

自らマイティフロッグを購入する2~3年前に、親戚のお兄ちゃんにラジコンをもらったことがあります。

まだその頃はラジコンに興味はありませんでしが、その見た目に見惚れてしまった。

オモチャのラジコンとは比べ物にならない大きさ。

そしてなんといっても、前輪が4本のそのシルエットに男ながら


かっこいい~


の一言。

ここでも苦い思い出が。

親戚のお兄ちゃにもらって早速走らせてみようってなった時のこと。

まだ小学2~3年生だった僕には不安だったのか、父親が

「まずお父さんがやってみるからな」

とかなんとかいって走らせることに。

そうしたら、ものの1~2秒で道路の脇のコンクリートに衝突。

そこからうんともすんとも動かなくなったんです。

僕はかなり泣いたのを思い出します。

父親が一所懸命直そうとしてくれたのですが、電気に疎く全くうんともすんとも言わず。

多分今考えると、衝突の衝撃でバッテリーか電気関係の接続部が外れていたか破損しただけだと思うのですが、当時はそんなことも分からずで泣き寝入り。


動かなくなったタイレルは、見た目がとてもカッコよかったんで、部屋に飾って見ては楽しんでいました。

昭和の人気ラジコンは現在も発売中!

あれから40年あまり。

調べてみたら、今でもこれらのRCカーは発売されているようです。

いいですよね。

小学生のお子さんがいる方なんかは、親子で楽しめます。

2台購入してレースをして楽しむこともできますよね。

現在はプロポ・バッテリーも一緒になったセット品も発売されているようなので、チェックしてみてはいかがでしょうか。

まとめ

昭和のラジコンのイメージ画像-3

もうだいぶ前の話ですが、やっぱりいくつになっても当時ワクワクしたものって忘れないものですよね。

現在はスマホ社会で便利になりましが、昭和時代は不便の中にもそれを感じさせないワクワクさせるものってたくさんあったような気がします。

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小学生の頃だった憧れはなんといってもタミヤ。

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今できる大人買いをしてもよし、子供と一緒に遊んでもよし。

懐かしものがいっぱい見つかります。

80年代が小学生だった人は

他には、こんなものも流行っていました。

よかったら覗いてみてくださいね。

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この記事を書いた人

1972年生まれ。
将来の夢はプロブロガー&ギターリスト。
外はおっさんでも中は夢を追いかける純粋な少年の心をもつ。
時間と収入の自由を追い求め今日も突っ走る。
夢を追いかけ追いつきます!

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